売上は増えたのに儲かっていない: 名目と実質・物価指数
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翌週の夕方、決算書の売上高の欄には 620 百万円とあった。前年は 602 百万円で、およそ 3% の増収だ。
真一社長
増収じゃないか。A 社の値下げ要求を耐えたかいがあったな。
ユイ総務経理
そうなんですけど……なぜか、手元にお金が残っている気がしないんです。

ユイは、売上の隣に並ぶ仕入の請求書をめくった。チタン材は半年で 18% 上がっている。電気代も、パートの時給も上がった。売上の数字は増えたのに、同じ金額で買える物は減っている。
桐生中小企業診断士
いい気づきです。その感覚を、ちゃんと数字にしてみましょう。
問い
売上が 3% 増えても、物価がそれ以上に上がっていれば、本当に増えたと言えるのか。物価の影響を取り除くと、何が見えるのか。
解説
名目と実質は「金額」と「量」の違い
名目GDP は、その年の市場価格で評価した GDP です。ニュースで「GDP は 600 兆円」と言うとき、多くは名目の値を指します。実質GDP は、基準年の価格で評価し直した GDP で、物価の変動を取り除いた「モノやサービスの量」の大きさを表します。
名目は価格と数量の両方の影響を受け、実質は数量の変化だけを映します。基準年には、名目と実質は同じ値になります。
ミナト金属の売上で考えてみます。ただし売上は GDP ではなく、会社 1 社の数字です。ここでは、売上を「物価で割る」とはどういうことかを見るためのたとえとして使います。
前年を基準にして、この 1 年で物価が全体で 5% 上がったとします。今年の売上 620 百万円を前年の物価に換算し直すと、次のとおりです。
実質売上 = 名目売上 ÷ 物価水準(前年 = 1.00)
620 ÷ 1.05 ≒ 590 百万円
前年の 602 百万円と比べると、実質では約 2% 減っています。名目で 3% 増えて見えた売上は、物価を除くと減収だったことになります。
図で整理すると、次のようになります。

棒グラフの紺とアンバーが、今年になって逆転している点を読みます。前年は物価が基準(100)なので、名目と実質は同じ高さです。今年はデフレーターが 105 に上がった分だけ、実質の棒が低くなります。
ユイ総務経理
じゃあ、ニュースで「経済が成長した」というときは、実質の方を見ればいいんですね。
桐生中小企業診断士
はい。景気の良し悪しは実質、金額の大きさは名目で見ます。
GDP デフレーターは名目と実質の比
物価の動きを 1 つの数字にしたものが物価指数です。GDP について使うのが GDP デフレーター で、名目GDP を実質GDP で割って求めます。
GDP デフレーター = 名目GDP ÷ 実質GDP × 100
基準年は名目と実質が等しいので、デフレーターは 100 です。ミナト金属のたとえで確かめると、620 ÷ 590 × 100 ≒ 105 となり、先ほどの物価 5% 上昇と合います。
GDP デフレーターは、物価を直接調べて作るのではなく、名目と実質から逆算して出てきます。そのため インプリシット・デフレーター(暗黙の物価指数) とも呼ばれます。
実質GDP の求め方を逆にたどると、次の式になります。
実質GDP = 名目GDP ÷ GDP デフレーター × 100
成長率の関係も重要です。名目の伸び率は、実質の伸び率と物価の上昇率を合わせたものなので、次の近似が成り立ちます。
実質成長率 ≒ 名目成長率 − 物価上昇率
ミナト金属なら、3% − 5% ≒ −2% です。正確には 1.03 ÷ 1.05 ≒ 0.981 で約 −1.9% ですが、試験では近似式で足ります。物価上昇率がマイナスのデフレなら、引き算の結果は足し算になり、実質成長率は名目より高くなります。
図で整理すると、次のようになります。

上段は金額、下段は伸び率の計算です。上段は「÷ デフレーター × 100」で名目から実質へ、下段は引き算で実質成長率へ進みます。下の帯は、実質と名目から逆にデフレーターを出す式です。3 つの式は同じ関係を別の向きから見ているだけなので、1 つ覚えれば他は導けます。
物価指数は 3 つある
物価を測る指標は、GDP デフレーターのほかに 2 つあります。
CPI(消費者物価指数) は、家計が購入する財・サービスの価格の動きを示す指数で、総務省が作成します。品目と数量を基準年に固定して、同じ買い物かごの値段がどう変わったかを見る形です。基準年は 5 年ごとに改定されます。よく使われるのは次の 3 つの区分です。
- 総合: すべての品目
- 生鮮食品を除く総合: 天候で値動きの大きい生鮮食品を除いたもの
- 生鮮食品及びエネルギーを除く総合: さらにエネルギーも除いたもの
企業物価指数(CGPI) は、企業間で取引される財の価格の動きを示す指数で、日本銀行が作成します。国内企業物価指数、輸出物価指数、輸入物価指数の 3 つからなります。輸入物価指数には、円に換算した円ベースと、契約通貨のままの契約通貨ベースがあります。工場出荷や卸売の段階の価格なので、消費者に届く前の動きが表れます。原材料の値上がりは、時間をおいて CPI にも波及するのが典型です。
GDP デフレーターは、内閣府が作成します。国内で生産されたすべての財・サービスが対象で、設備投資や政府サービス、輸出も含みます。一方、輸入品は含みません。国内の「生産」の物価だからです。
真一社長
チタン材は輸入だろう。その値上がりは、どの指数に出るんだ?
桐生中小企業診断士
輸入物価指数と企業物価指数に出ます。CPI にも後から出ますが、GDP デフレーターには直接は出ません。
図で整理すると、次のようになります。

縦に 4 点を読みます。作成機関は「総務省・日本銀行・内閣府」の順に CPI・企業物価指数・GDP デフレーターです。対象は、家計の買い物、企業間の取引、国内生産のすべてと範囲が違います。CPI は輸入品を含み、GDP デフレーターは含みません。最後の算式の行は、次の項で説明するラスパイレス型とパーシェ型の違いです。
ラスパイレス型とパーシェ型
物価指数を作る方法は、数量のウエイトを基準年にそろえるか、比較年にそろえるかで 2 つに分かれます。
ラスパイレス型 は、基準年の数量を固定して、価格だけを比較年のものに入れ替えた値段を、基準年の値段と比べる方式です。パーシェ型 は、比較年の数量を固定して、基準年の価格で評価した値段と、比較年の価格での値段を比べる方式です。
ミナト金属の材料の仕入で計算します。数字は説明用の仮のものです。
| 材料 | 基準年の単価(千円/kg) | 基準年の数量(kg) | 比較年の単価(千円/kg) | 比較年の数量(kg) |
|---|---|---|---|---|
| チタン材 | 10 | 100 | 12 | 80 |
| ステンレス材 | 2 | 500 | 2.2 | 600 |
チタン材が値上がりしたので、使用量を減らしてステンレスに寄せたという設定です。基準年の価格を P0、比較年の価格を P1、基準年の数量を Q0、比較年の数量を Q1 と書きます。
ラスパイレス型は、基準年の数量 Q0 を使います。
- 基準年の価格で買うと: 10 × 100 + 2 × 500 = 1,000 + 1,000 = 2,000
- 比較年の価格で買うと: 12 × 100 + 2.2 × 500 = 1,200 + 1,100 = 2,300
- 指数: 2,300 ÷ 2,000 × 100 = 115
パーシェ型は、比較年の数量 Q1 を使います。
- 基準年の価格で買うと: 10 × 80 + 2 × 600 = 800 + 1,200 = 2,000
- 比較年の価格で買うと: 12 × 80 + 2.2 × 600 = 960 + 1,320 = 2,280
- 指数: 2,280 ÷ 2,000 × 100 = 114
同じデータでも、ラスパイレス型は 115、パーシェ型は 114 と差が出ます。理由は、値上がりしたチタンの使用量です。ラスパイレス型は、実際には減らした 100 kg のまま計算します。つまり、人が高くなった物を買い控える動きを織り込まないため、物価上昇を過大に評価しやすいのです。パーシェ型は、減らした後の 80 kg で計算するので、過小に評価しやすいと言われます。
CPI と企業物価指数はラスパイレス型で、GDP デフレーターはパーシェ型です。GDP デフレーターは、名目÷実質で逆算する性質上、比較年の数量で評価するパーシェ型になります。なお、現在の実質GDP は連鎖方式という別の作り方で公表されています。しかし試験では、まず「基準年の数量ならラスパイレス、比較年の数量ならパーシェ」の区別を押さえれば足ります。
図で整理すると、次のようになります。

上の 2 行は計算の手順の違いです。3 行目は、先ほどのミナト金属の例で出した値です。強調した 4 行目の偏りが、最もよく問われます。
ユイ総務経理
「ラスパイレスが高め」と、数量を基準年で止めている理由がつながりました。
桐生中小企業診断士
そうです。その結び付きを覚えておけば、暗記は要りません。
試験ではこう出る
頻出度は A(編集上の目安)。「名目GDP と実質GDP・GDP デフレーター」は、公式シラバスでは「経済指標の見方や読み方」に含まれる論点を、出題傾向から独立させたものです。「物価指数(CPI・企業物価指数)」はシラバスに記載のある論点です。経済学は数式とグラフが多い科目で、過去に弾力化(+4 点)が 2 回あります。
出題の型は 3 つです。
- 計算問題: 名目GDP と実質GDP から GDP デフレーターを求める。名目成長率と物価上昇率から実質成長率を求める
- 語句・正誤問題: 各指数の作成機関、対象範囲、輸入品の扱い、算式の種類を判別する
- 偏りの正誤: ラスパイレス型とパーシェ型のどちらが物価上昇を過大に評価するか
ひっかけの典型は 4 つです。
- デフレーターの式を逆にしてしまう。割るのは名目 ÷ 実質で、× 100 を忘れない
- 実質成長率を求めるとき、引き算の向きを間違える。物価上昇率が負なら、実質の方が高くなる
- 輸入品の扱いを混同する。CPI は含み、GDP デフレーターは含まない
- 算式の型を取り違える。CPI・企業物価指数がラスパイレス型、GDP デフレーターがパーシェ型
確認クイズ
確認クイズ
解説 GDP デフレーター = 名目 ÷ 実質 × 100 = 540 ÷ 500 × 100 = 108 です。92.6 は実質 ÷ 名目と逆にした値です。
確認クイズ
解説 実質成長率 ≒ 名目成長率 − 物価上昇率 = 2% − (−1%) = +3% です。デフレでは、物価上昇率がマイナスなので、引くと足し算になります。
確認クイズ
解説 基準年の数量で計算します。基準年の価格で買うと 100 × 10 + 50 × 20 = 2,000、比較年の価格で買うと 120 × 10 + 50 × 20 = 2,200 なので、2,200 ÷ 2,000 × 100 = 110 です。108 は比較年の数量で計算したパーシェ型の値です(1,350 ÷ 1,250 × 100)。
確認クイズ
解説 企業物価指数は日本銀行が作成します。GDP デフレーターの作成機関は内閣府で、輸入品は含みません。CPI はラスパイレス型で、作成機関は総務省です。
確認クイズ
解説 CPI は家計が買う輸入品も対象に含むため、輸入品の値上がりが反映されます。GDP デフレーターは国内で生産された財・サービスの価格なので、輸入品の価格上昇は直接には含まれません。
この記事のまとめ
- 売上が名目で増えても、物価がそれ以上に上がれば実質では減る。景気の判断は実質で見る
- GDP デフレーター = 名目 ÷ 実質 × 100。基準年は 100、求め方からインプリシット・デフレーターと呼ぶ
- 実質成長率 ≒ 名目成長率 − 物価上昇率。デフレなら実質の方が高く出る
- CPI は総務省、企業物価指数は日本銀行、GDP デフレーターは内閣府。輸入品は GDP デフレーターだけ含まない
- ラスパイレス型(基準年の数量)は物価上昇を過大に、パーシェ型(比較年の数量)は過小に評価しやすい
翌朝、事務所の窓に「パート募集」の張り紙があった。しかし、1 週間たっても応募の電話は 1 本も鳴らない。
この節で学んだシラバス項目
- マクロ経済学 / 経済指標の見方や読み方名目GDPと実質GDP・GDPデフレーター
- マクロ経済学 / 経済指標の見方や読み方物価指数(CPI・企業物価指数)